第1回ベルカントオペラフェスティバル・イン・ジャパン「フランチェスカ・ダ・リミニ」演奏後記

随分と時間が経ってしまいましたが、2019年3月27日(水)に第1回ベルカントオペラフェスティバル・イン ジャパンのメルカダンテ作曲のオペラ「フランチェスカ・ダ・リミニ」が幕を下ろしました。

 

(↑大きな装置はなく、椅子と机のみ。演出の中で、合唱とダンサーさんが配置換えを担って下さいました。緑のドレスが私)

 

3月2日に、日本オペラ「静と義経」で鎌倉時代の姫役で出演させていただき、その翌々日の3月4日から始まったフランチェスカの稽古。

 

3月は、ほぼ毎日14:00〜21:00まで拘束で、稽古内容によってはお休みになったりしましたが、とにかく密度が濃かった。

 

今回、副指揮として稽古をつけて下さった安倍先生は、2009年に上京した私が育成部に入所して最初のクラスの担任の先生。

コレペティの久保先生にも2年弱担任していただいていたし、なんだか10年ぶりに先生方の授業を受けているような感覚にもなりました。

(↑装置がない代わりに、バックには映像が映し出されました)

 

イタリア人の皆様との稽古現場は、毎日に何かしらのサプライズがあった。

今日決まったことが明日も同じがどうかは分からない。

 

気は抜けないし、でも張ってばっかりでは身が(精神が?)持たないような現場で、日本にいながらイタリアを感じられる、楽しき一か月でした。

(↑左から小野寺君、有本君、私、レオノール)

 

今回のイザウラ役は、数か所のレチタティーヴォのみ、歌うところは合唱と一緒という、いわゆる脇役ではありましたが、音楽アドバイザーのカルメン・サントーロ先生は本当に熱心にご指導下さいました。

本番当日も、先生の方からわざわざ楽屋に足を運んで下さり、開演前に発声の最終チェック。

 

カルメン先生との時間は、けして長くはなかったものの、発声について考えるヒントをたくさん下さり、有意義な時間になりました。

 

(↑ダンテの「神曲」の地獄に向かう船をイメージした演出)

 

正直なところ、昨年イタリア留学を終えて帰国してから、声の出し方がよく分からず。

 

違うことはわかっても正解が分からない。

色々考えて、考えて、試して、ダメで。

 

何でこんなに下手くそなんだろうかと人前で歌いたくない時期もあったりしましたが、「静と義経」「フランチェスカ・ダ・リミニ」という2作品を終えて、やっと最近自分の中に少しの光を感じます。

(衣装やアクセサリー、つけ毛もイタリアから持ち込まれた物でした。ジュゼッペのセンスすてき!)

 

日本語とイタリア語の発語について考える時間が長かったこともあるけれど、何よりこのオペラフェスティバルの期間に、レオノールやアンナの歌い方を見て、聴いて、本番隣で一緒に歌ったことが大きかった。

(↑楽屋にそっと置かれていたファビオ達からの手描きのイラストと差し入れ。イザウラのドレスに合わせて緑の色付け。可愛すぎる!)

 

ジーリオの大舞台での1幕フィナーレ。

レオノールに寄り添って歌ったとき、私と彼女の声の響きがどれだけ違うかが、誰に言われるでもなく、自分自身がよーーーーくわかりました。

 

「ああ、こういうことだな。」と思った。

“こういうこと”がどういうことか、

言葉では説明できないけれど。

 

イタリアで考えていたことと、実際歌うときのテクニックを結びつける為の、小さいけれど、とても大きなヒントを貰えた。

 

今回のオペラフェスティバル開催にあたってご尽力下さった方々に感謝すると共に、今後第2回、3回への発展を心よりお祈りしています。

 

水曜14:00開演というスケジュールでも駆けつけて下さった方々、会場には来られなかったけれど応援して下さったみなさまに、深く御礼申し上げます。

 

濃密で幸せな時間をありがとうございました。

(本番終了後のレセプションにて)

 

藤原歌劇団ソプラノ

楠野麻衣