日本オペラ協会「静と義経」演奏後記

日本オペラ協会「静と義経」演奏後記

公演から数日経ってしまいましたが、書かねば前に進めない気がするので、あの時に感じた事を書き残しておきたいと思います。

今回は初めて挑戦する和物ということもあり、私にとっては全てにおいて、迷いと試行錯誤の日々でした。

 

稽古の段階では、“打掛のさばきがどう”とか、“日本語唱法のあれこれ”とか、どうやったら上手くいくのか答えが見つからず。

 

ずっと消化不良な感じだったのですが、本番の幕が開いて3幕1場。

静の子供が取り上げられ殺されるシーンで、ステージから帰ってきた清経(鳴海さん)と磯の禅師(向野さん)が、舞台袖で本当に涙を流す姿を見て、込み上げる物があり。

物語の大きな繋がりの中で、この作品に存在する大姫として、

“こんな現実を目の当たりにした時、どういう息でどういう言葉になるのか”

という事を考えると、わだかまっていた物がストンと腑に落ちる瞬間があり、最後の最後に全部の隙間が埋まった気がした。

 

もう何も信じられなくなり、「この世に生きていることさえつらい」と言う大姫に寄り添った時、

本当に悲しくなってしまって、はけた後の舞台袖で泣けてしまった。

上手く出来ないながらにも、私の中に大姫がいたんだな。

 

テクニック的な事は課題も反省も尽きませんが、最後の最後にやっと大姫としてこの作品の中に存在できたような気がしました。

見ている方には一瞬のシーンだけれど、数ヶ月間あれこれ悩んで、長い付き合いでした。

何回歌っても正しい音程とれないし。笑

周りのキャストさんは長年大舞台に乗り続けていらっしゃる方ばかり。

稽古が始まった当初はこんな新人が話しかけるのもおこがましいのではないかと緊張の連続でしたが、皆さま本当にあたたかく、見守り、支え、助けてくださいました。

 

なんと表現すれば良いか…

誤解を恐れずに言うと、モーツァルトやロッシーニ、ヴェルディ、プッチーニ…西洋のオペラに身を捧げてきた自分自身が、ここまで「静と義経」に愛を持てるとは思っていませんでした。

自分の中にあった、まだ知らない部屋の扉を開いた気分でした。

 

心よりの感謝を込めて、

この作品を胸にしまい、次に進もうと思います。

藤原歌劇団・日本オペラ協会

ソプラノ 楠野麻衣